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第五章 百合の腐敗

مؤلف: 佐薙真琴
last update تاريخ النشر: 2025-12-14 11:02:02

 翌朝、透子が目を覚ますと、世界から音が消えていた。

 連日降り続いていた雨が上がり、重い雲の隙間から、病的なまでに白い陽光が差し込んでいる。

 だが、その静寂は平和の訪れではなかった。嵐の去った後の清々しさなど微塵もない。むしろ、気圧が急激に下がったときのような、耳の奥を圧迫する不穏な空気が城全体を支配していた。

 透子は身支度を整え、部屋を出た。

 地下アトリエへ向かうために回廊を歩き始めたとき、異変はまず「匂い」として襲いかかってきた。

 それは、空気の粒子そのものが粘り気を帯びたかのような、圧倒的な質量を持った芳香だった。

 甘く、重く、そしてどこか生臭い。

 香水のような洗練された香りではない。何千もの花が一斉に呼吸し、そして一斉に死に向かっているような、生命の過剰と腐敗の匂い。

 透子は眉をひそめ、ハンカチで口元を覆った。

 匂いの源流は、エントランスホールだ。

 彼女は手すりに身を乗り出し、階下を見下ろした。

 息を呑んだ。

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  • 皮膚とインクの形而上学 ~背徳の希少本修復師と死にゆく貴族の淫らな契約~   第六章 偽りの真実

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  • 皮膚とインクの形而上学 ~背徳の希少本修復師と死にゆく貴族の淫らな契約~   第三章 水浴と膠

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  • 皮膚とインクの形而上学 ~背徳の希少本修復師と死にゆく貴族の淫らな契約~   第二章 解体

     翌朝、透子が意識を取り戻したとき、そこは見知らぬ天井だった。 豪奢だが冷ややかな天蓋付きのベッド。重厚なカーテンの隙間から、鉛色の光が細い針のように差し込んでいる。 記憶が、泥の中から気泡が浮かぶように蘇る。雨、古城、契約書、そしてインクの匂い。 彼女は上体を起こし、周囲を見渡した。扉には外から鍵がかけられ、窓には美しい装飾が施された鉄格子が嵌まっている。ここは客室ではなく、優雅な牢獄だった。 サイドテーブルに、一枚のメモと、奇妙な布の塊が置かれていることに気づいた。『地下のアトリエへ来たまえ。ただし、身につけるのはこれだけだ』 流麗で、刃物で刻んだような筆跡。アランのものだ。

  • 皮膚とインクの形而上学 ~背徳の希少本修復師と死にゆく貴族の淫らな契約~   第一章 カルトンの牢獄

     世界は、分厚い雨の膜に包まれていた。 フランス・ロワール地方の深い森。昼下がりだというのに、空は古い羊皮紙のように黄ばんでくすんでいる。 相沢透子を乗せた黒塗りのセダンは、鬱蒼とした木々のトンネルを、まるで巨大な獣の食道へと滑り落ちていく異物のように、音もなく進んでいた。 窓ガラスを無数の雨粒が叩く。その一つ一つが、透子には世界から拒絶される打音のようにも、あるいは内側へ閉じ込めようとする檻の格子のようにも感じられた。 ガラスに映る二十八歳の自分の顔。 黒髪は一本の乱れもなくひっつめられ、銀縁の眼鏡の奥には、感情を凍結させたような理知的な瞳がある。|古書修復師

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